同窓会
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 教室に戻った三人は、並列に座ってぼんやりと外を眺めていた。
 ぬるくなったオレンジジュースは誰にも手をつけられることなく、日の光も当たらずに鈍く淀んでいる。その隣では二つの遺影の男たちが杉山に向かってぎこちなく微笑んでいる。杉山は二つの遺影の男たちと目を合わすことなく、動かない雲の端っこが少しずつ散っていくのを見ていた。ハカセは何を思案しているのか、何処に視点を合わせるでもなく、顎をさすり続けている。老人も二人とそう変わらず、特に目的もなく何を見ているわけでもなく、ただ外の方を向いているだけだった。
 ただ、きっかけを待っていた。
「その遺影は、松崎さんと西岡さんですか?」唐突にハカセが問いかける。老人が触れるか触れまいか思案していた禁断の遺影問題について、ハカセが何のためらいも見せずにあっけらかんと問いかけるのを見て、先ほどからの言動も含めて、この人には遠慮や配慮というものがないのだろうか、といぶかしむ反面、ずっとひっかかっていた魚の骨を取り除いてくれた恩も感じずにはいられなかった。
「松ちゃんと西やんは、わたしのかけがえのない親友だった」と杉山の低い声が響く。
「松ちゃんは三年前に癌であっけなく亡くなりました。西やんは先月交通事故に遭って、それでもなんでもないってしばらく元気だったんだけど、つい先日ふいに亡くなっちゃいました。今日の同窓会を楽しみにしてたんだけどねえ」俯く杉山の声が消え入りそうになる。ハカセも老人もじっと耳を傾ける。二つの遺影の男たちの笑顔は変わらずぎこちない。
「おれがガキ大将や番長を気取って荒ぶってた頃からずっと、二人はおれのすぐ後ろをついて歩いてきた。どんな馬鹿なことをやるときでもいつも一緒。今思えば相当理不尽なこともあったし、付き合いきれないような時でも、文句一つ言わずに笑ってくれた。それが、二人ともどんなに追いかけても追いつけないくらい遠くに逝っちまった」鼻をすすりながら杉山は二つの遺影の男たちに向き合う。
「見てやってくれよ。いい顔してるだろ?気づかなかったよ、こんなにいい顔してたなんてさあ」杉山の声がふいに止まる。
 動かなかった雲がいつの間にか消えている。
「おれのせいだな。苦労ばっかりかけたからな。こんな時ばかりおれより先に逝きやがって。ちくしょう、おれは何かしてやれたのかな。こいつらに何がしてやれたんだよ」翼をもがれたガキ大将が机の角に頭を打ち付ける鈍い音が教室に響く。
 二つの遺影の男たちはガキ大将の両翼だった。二人がいたからガキ大将は気持ちよく大空を羽ばたくことができた。二人の男がいてこそのガキ大将であり杉山だった。その二人はもういない。体の一部をもがれてしまった杉山は一回り小さくなってそこで俯いている。
 老人はふと妻を思った。
 自分は妻に何をしてやれただろうかと自問する。妻が何を求めていたのか今もわからないし、妻の喜ぶことを少しでもしてあげられた自信もない。妻と暮らしていた長い日々の中で、どれだけ彼女のことを意識してあげられただろうか。
 せめて、花の名前を一つでも覚えてあげるべきだったんだろうか。
 妻を思うと、ただ、優しく微笑む姿だけがよみがえる。少なくとも、老人にとっては妻がそこにいるだけで、それだけで嬉しかった。
「二人がこんなにいい顔をしているのは、あなたがいたからじゃないですかねえ」とハカセが言うと、風が吹き込んで、カーテンがゆらりと揺れた。
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