| 同窓会 |
| お互いに、相手が先に話しかけてくるのをじっと待ち続けた。だが、そんなときに限って人は口を開かなくなる。さして暑くもないのにじんわりと二人の額に汗が見え始める。 沈黙を破ったのは、扉が開く音だった。新しい展開にほっとした二人が音のする扉の方を見ると、 「同窓会はここですか」遠慮がちに扉を開けたその男が、二人に訪ねる。 その男は恰幅の良さとじゃがいものようないかつい人相で、見るものに威圧感を与える豪快な風貌なのだが、それと反比例するような、だいこんに生えた程度のまばらで力のない毛髪が老いを感じさせた。この男も同窓生らしい。 しかし、それより何より二人が気になったのは、その男が両脇に大事そうに抱えている写真だった。男が抱えている二枚の写真は黒い額縁で装丁されており、丁寧に黒いリボンまでかけられていた。その二枚の写真それぞれの中で笑う中年の男性もやはり白黒に染まっていた。 「ここが、教室です」と動揺したハカセが答える。 「ああ、これが教室ですか」と男も分かっているんだか分かってないんだか分からない受け答えをする。 「杉山さん……」とハカセが男に声をかける。 「はい、わたくし、杉山小吉と申すものでありますっ」と杉山という男は下っ端の兵士のように声を張り上げ敬礼をしながら自己紹介をすると、ずんずんと教室の中へ入ってきた。その恰幅の良さと急に開き直ったかのように威勢の良い態度に二人は後ずさる。 「たいへんっ申し訳ありませんでしたっ」杉山という男は何の前触れもなくその場に座り込むと、額を床に打ち付ける勢いで土下座を始めた。あっけにとられて身動きの出来なくなった二人をそっちのけで、杉山という男は黒ずんだ床から額を離し、 「たいへんっ申し訳ありませんでしたっ」と今度はどんっと鈍い音が聞こえるくらいに額を打ち付け、それを何度か繰り返した。 「いやっあのっ何のことですか?」杉山という男に恐る恐る近寄りながらハカセが問う。 「わたくしっ少年時代に、ガキ大将を気取ってみなさんをいじめ、大変辛い思いをさせてしまいましたことを、この場を借りてお詫びもうしあげたてまつりそうろうっ。たいへんっ申し訳ありませんでしたっ」とまた頭を下げる。どんっと音がする。 ここはひとまず止めなければ、と老人が思っていると、その意を汲み取ったらしいハカセがちらりと老人の方を見、黙って頷きにやりと笑い、また杉山という男の方に向き直って、 「そんなこともありました。あれは本当に酷いもんでした。泣きました。本当に辛かった。今まで生きてきた中でも一番嫌な思い出です」と追い討ちをかける。 これはいったい何の策略だろうと老人が戸惑っていると、 「そうですか……やっぱりそうですね……わたしには生きる資格はありません」と急に声を落とした杉山という男は目を閉じ、必死に涙を堪えているのか拳を震わせ、そこまで言うと、両脇に抱えていた写真をテーブルの上に静かに立てかけ、ポケットの中からロープを取り出しそれを首に巻き始めた。 そのただならぬ事態に慌てた二人は必死の説得を試みる。 「早まるな、ロープは急には締まらない」 「保険金は! 免責期間の確認は!」 「あなたは何も悪くない、悪いのはあなた自身だ」 とにかく、二人は必死に食い止めようとしていた。 三人とも、何を言ってるのか何を聞いているのか何をしようとしているのかもはや分からない。 老人は自分の意識が遠のくのさえ気づかずに、もう無我夢中で杉山という男のシャツとハカセのズボンを必死で引っ張り続けていた。 |
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