同窓会
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 道の途中に古い駄菓子屋がある。
「あらあ、おはよう」
アロハを着た女主人が、店先に打ち水をしながら老人に声をかける。年齢不詳のその女主人は、息子がまだ小学生だった時分から子供たちから「おばあちゃん」と呼ばれていたので、今では結構な歳だろうと思われるのだが、今でも相変わらず、夏でも冬でもおかまいなしに下品な色使いのアロハシャツを着ては、大人も子供も区別なく、陽気にふるまっては近所を明るくしていた。それは商売をしているというよりも、むしろ遊んでいるかのようだった。
「おでかけ?」
「ああ、同窓会ですよ」
「楽しそうね、あたしも行ってもいいかしら」
返答に困っている老人に女主人は愉快そうに笑う。
「へっへっへ、気をつけていってらっしゃいよ」
「どうも」
「おみやげよろしくねぇっ」
張りのある女主人の声に見送られながら、老人はまたとぼとぼと歩き出す。
 駄菓子屋を過ぎると、ひとつの大きな坂がある。
「心臓破りの坂」と呼ばれていて、若い者でさえ敬遠するその坂を越えなければ、残念ながら駅にはたどり着けない。急な斜面を慎重な足取りであがっていく。杖を使うほどではないが、ここ何年かで足腰が弱ってきた老人にとっては歩くだけでもかなりの重労働だ。横を牛乳屋がすいすいと自転車を走らせていく。その後姿が坂の上で消えるまで、立ち止まり、見送る。
 坂を終えると、老人はとりあえず胸に手を置いて鼓動を確かめながら、坂の下を見下ろす。「よくもまあここまでのぼってきたものだ」と感心しながら、ハンケチで額の汗を拭う。
 行き先を入念に確かめると切符を買い、改札を通ってホームへ行き、ベンチに座る。すぐに電車は来るが、乗らない。時間は余裕を持って調べて出てきているので、ひとつやふたつ遅れたところで困ることはない。この駅は利用が少なく通勤ラッシュとも無縁なので、ありがたいくらいにのんびりしていられる。
 しばらく見送ったところでそろそろと立ち上がって次の電車を待つ。やがて電車は左右に音を響かせながら駅に滑り込んでくる。いつもの日当たりのよい側の、車両のちょうど真ん中の席に座る。向かい側に座る青年に目が釘付けになる。髪の毛は青く逆立ち、顔中にはピアスが飾ってあり、羽織っているジャケットにはあちこちに安全ピンが施してある。ずいぶんしっちゃかめっちゃかな姿をしている青年だった。こういう若者を憂うべきなのだろうか、と老人は自問する。自分の価値観とはもちろんかけ離れている。自分が年寄りだからそう思うのかといえば、若かったころでさえあそこまで冒険をする気にはなれなかっただろう。しだれ桜を手でなでながらしばらく見つめていると、その視線に青年が気づいたらしい。もしやと思って身構えたのだが、青年はやさしく微笑むだけだった。
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