三人のわたし
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 こんな夢を見た。
 現在のわたしと、過去のわたしと、未来のわたしの“三人のわたし”が一緒に暮らしている。過去のわたしはちょっと前の過去から、未来のわたしはちょっと先の未来からやってきた。過去のわたしは現在のわたしが忘れてしまったことでもまだ覚えていて教えてくれるのだが、未来のわたしは現在のわたしが知りたいことを絶対に教えてくれない。過去のわたしは現在のわたしよりちょっとだけ体力があり、未来のわたしは現在のわたしよりちょっとだけ知識が豊富だ。わたしたちはそれぞれの利点を活かしながらそれぞれを補い、なんとかうまくやっていた。過去のわたしと未来のわたしが何故ここにいるのか、どうしてこの時間にいるのか、どうやって来たのかは誰も聞かないし言わない約束になっている。現在のわたしにしてみれば気にならないわけではないのだが、最初からなんとなく受け入れてしまっていて、それでいい気がしていた。細かいことは気にしないにかぎる。
 ある日、職場に新製品の「ポテトチップス入りラーメン」が置いてあったので三人のわたしは昼にそれぞれ一食ずつ食べようとしていた。そこへ同僚のエー氏がやってきて、あまり関わりたくない相談をされた。このエー氏は何かと言うと関わりたくない相談を持ってくるので、職場でも厄介者として扱われている。彼の持ってくる関わりたくない相談で円満に解決したという話を聞いたことがない。三人のわたしが返答に困っていると、同僚のビー氏がやってきた。彼も困った顔をしていて、聞いてみると「ラーメンの数が足りないかもしれない」と言う。ちょうどラーメンを食べようとしていた三人のわたしの手が止まる。結局は同じひとりの人間なのに三人分食べているのはどうなんだというエー氏とビー氏の冷たい視線を感じる。過去のわたしひとりが食べればそれで現在のわたしと未来のわたしの腹が満たされるかといえば、そうもいかないのだ。それぞれに時間差があるので、ラーメンで言えばその香りや味の記憶は受け継がれるのだが、どうしても消化しまうので、過去のわたしの腹は満たされても現在のわたしと未来のわたしは空腹のままなのだ。そのことはこれまでもすでに何度も説明してきたのだが、どうしても納得してもらえない。特にビー氏は何度もこの問題を蒸し返しては三人のわたしを困らせるので、ほとほとうんざりしていた。
「ぼくが奢りますよ、足りない分を買い足しておきます」とエー氏が救いの手を差し伸べてきた。ああ良かったとホッとしかけたのだが「その代わり、あの件お願いしますね」と言われてしまい、関わりたくない相談に付き合わされそうになる。これでは状況のまずさは変わらないままだ。現在のわたしはこの状況をどう打開すればよいのか思案する。未来のわたしはその結果を知っているはずなのだが、どうしても教えてくれようとはしない。それぞれの利点を活かしながら補いながらうまくやっているつもりではあったが、未来のわたしはそれほど役に立っていないかもしれないと思うことがしばしばある。過去のわたしと現在のわたしよりも豊富な知識がこういった場面で活かされることも滅多になかった。いくら自分であるとはいえ、この男が存在する意味はあるだろうかと現在のわたしは苛立ち始める。
「それでは何の解決にもならないよ。問題の先送りでしかない。ここいらではっきりさせたほうがいいと思うんだ」とビー氏がエー氏を制する。確かにビー氏の言うことは正論だと思う。こういうぐずぐずした状況が続くのはよくない。ビー氏がいちいち蒸し返すことに苛立っていたが、そもそもは指摘されても改善することなく同じ失敗を繰り返す三人のわたしに非がある。エー氏を厄介者と呼んだりビー氏をうんざりすると言っているが、迷惑をかけているのは三人のわたしもまた一緒なのだ。こちらは三人もいて何もできないのだからなおたちが悪いとも言える。心が痛い。
 穴があったら入りたい。過去のわたしと未来のわたしに頼み込んで別の時間に逃げてしまいたくなる。あれ、もしかして過去のわたしと未来のわたしもそういう理由で今この時間にいるのだろうか。過去のわたしは未来に行けば何かしら改善していると希望を持ち、未来のわたしはどれだけ時間が経っても改善されることがないと絶望している。そして現在のわたしといえば、自分だって為す術がないのに過去のわたしや未来のわたしのせいにしている。そうやってそれぞれに誤魔化してここまできたのだ。この袋小路に時間は関係ないのだ。これはわたし自身の問題なのだ。なんとも情けないかぎりだ。この情けなさがエー氏とビー氏にも伝わるだろうか。三人のわたしはお互いに顔を見合わせる。そして苦笑いする。「だからそうやって慰め合ってるだけじゃ何も変わらないじゃないですか」というビー氏の説教が聞こえてきそうだ。さすがにそろそろどうにかしなくてはならないが、これはこれでいい気もしてきた。そうだ、細かいことは気にしないにかぎる。
 開き直ったらまた腹が減ってきた。伸びてしまう前においしいラーメンを食べてしまおうと振り向くと、そこで見覚えのないわたしが我関せずといった顔でラーメンを食べている。どうやらまたひとりわたしが増えたようだ。
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