知人の男
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 こんな夢を見た。
 三年ぶりに会う友人と食事をしていた飲み屋で、その男を紹介された。
 その男は友人の知人で、小学生くらいの息子をふたり連れていた。とにかく口数の少ない男で、それに似たのかふたりの息子もやはり無口だった。暗いわけではないのだが、おとなしくつまらない印象の親子だった。
 友人はその男を紹介するとすぐに用事を思い出したと言って、打ち解けたわけでもないわたしたちを残してさっさと帰ってしまった。男はわたしほど戸惑った様子を見せなかったが、さあこれから楽しく呑みましょうと言いそうな雰囲気でもなかった。男とふたりの息子はすでに食事を終えているようだったので、わたしのほうからお開きにしましょうと言って店を出たのだが、そこで男からちょっとそこまで、と誘われた。
 わたしはまだその男の名前も聞いていなかったのだが、友人から紹介された男だし、子どももいて不審な人物ではなさそうだし、それほど時間もかからないだろうし、また何かしら話の種にでもなればと思い、付き合うことにした。
 歩いて五分ほどの駅まで行くと電車に乗るよう促された。ちょっとそこまでがちょっとどこまでなのか不安に思いながらも、どうせ暇だったし、この無口な親子にまったく興味がないというわけでもなかったので、黙ってついていった。
 結局、目的の駅に着くまでに二十分ほどかかった。その二十分間もほとんど会話らしい会話はなく、目的地を聞き出すこともできなかった。当てのない旅を楽しんでもいたので、特に不安はなかったが、それにしてもやはり退屈さは否めない。
 聞いたことのない名前の駅で電車を降りる。改札を出たところで男の奥さんが彼らを待っていた。奥さんは男三人に比べると陽気で口数も多く、もはや自分がしゃべれれば相手の返事などどうでもいいようで、とにかくひとりでよくしゃべる人だった。
 男とふたりの息子の後をわたしと奥さんがついていく。
 駅から少し歩いたところにあるコインパーキングで、男とふたりの息子は停めてあった黄色いミニクーパーに乗り込んだ。わたしと奥さんが乗り込む余裕がないと心配していると、奥さんがこっちこっち、と言って向かい側に停めてある真っ赤なミラを指差す。わたしたちはそうして二台に分乗して駐車場を出た。
 そういえば、男と出会ったのは飲み屋だった。一緒に飲み食いしたわけではなかったのだが、まさか運転のために飲酒はしていないだろうと思っていたら、男とふたりの息子を乗せた黄色いミニクーパーが暴走しだした。まるで人格が変わってしまったかのような乱暴な運転で、急発進した黄色いミニクーパーは磁石のように他の車に急接近したかと思うと、次の瞬間には弾かれたように離れていく。そうやってジグザグとぎこちなく暴走する黄色いミニクーパーを心配しながら、それを真っ赤なミラで追いかける。ハンドルを握るわたしの隣で奥さんはその状況を楽しんでいるように見えた。
 三つ目の信号で止まっていると、目の前を天皇陛下のお召し列車が横切った。黒く重厚感のあるボディは圧巻で、音もなく厳かに通り過ぎる。奥さんはダッシュボードから紙製の小さな国旗を取り出すと、それを右に左に振り始めた。さぁあなたも、と手渡された国旗をわたしも同じように振ってみる。この辺りには皇室ゆかりの何らかの施設があるらしく、お召し列車を見ることもそう珍しいことではないという。隣に並んで止まっている車の中でも同じように国旗を振っている。改めて奥さんから手渡された国旗を見てみると、だいぶ使用感があった。
 またしばらく走ると、左手に海が見えた。その海には船がない代わりに、半分ほど海の中に埋められた鳥居がいくつも見える。奥さんによると、どこの神社かはわからないがどうやらこの辺りの観光名所のようだ。この辺りにはよく訪れるし鳥居も何度も見ているが、本殿らしきものを見たことは一度もないらしい。地元ではこれを「投棄鳥居」と呼んでいると教えられるが、これは奥さんの嘘だと思う。
 そうこうしているうちに右手に学校が見えてくる。ふたりの息子が通う小学校らしい。男の運転する黄色いミニクーパーがためらうことなく学校に入っていく。そして吸い寄せられるように駐車場の車枠に車を停めるのだが、勢いあまって少しだけ後ろをぶつけていた。いつものことだから、と奥さんはまるで気にしていない。
 わたしたち以外に停める車のない駐車場は一面氷が張っていて、青空が映り広がっている。まるで空を飛んでいるみたいと奥さんがはしゃぐ。男とふたりの息子はやはり何も言わず、取り合おうとしない。
 ここがどこだかわからないが、とりあえず、寒いことだけは確かだ。
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