まめもちゃん
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静絵の唄
バッハの音が木造の建物の中に吸い込まれて、
その日朝まで物語を考えていた静絵は眠りから覚めたような気がした。
重たい雲は夜から停滞したまま動かない。
小便くさい路地から男の声がする。移動パン屋の叫び声や、
群がる女たちの悲鳴にも似た長い髪の毛がすぐそこまで忍び寄る。
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かずえの絵
背の高い建造物の向こうに墓石が林立していたが、
それを見上げるやせこけた子犬の足が地面に描いた地図のような模型を、
かずえは静かに見つめていた。
いくら待ったところで彼女は来ない。
溶け出す雲に連れられて、
この臭いの中から脱け出すことは、はたしてできるのだろうか?
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朝顔にかえて
誰もいない朝には、音は灰色の空に共鳴する。
冷たい空気の振動に連れられた音はどこでも無限に広がることはない。
この耳の中へ消えていく。
すると、音はもうどこにもいない。
どこを探しても音は見つからない。
朝顔はそれを知っている。
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まさとしとかずとし
私はその二人を知らない。
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緑色のくま
それはビニルでできているので肌触りがあまりよくない。
目玉は動かないし、もちろん声も出ない。
椅子にとりつけられても力がないのですぐ落ちる。
でも、私はすぐに彼を元の位置に返してやる。
彼は動かない目で天井を見ている。
彼に、愛はない。
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ぬいぐるみのぬくもり
ぬいぐるみの中には毛。
猫毛だらけ、眉灰だらけ。
お前の母ちゃん宇宙人に連れ去られ、もう半年も帰ってこないけど、
家の家事はどうしてるんだい。
お父さんはいつも6時半には帰ってきて
妹のみるくと一緒にお風呂に入るんだ。
そうなの、体のすみずみまでお父さんの柔らかい指先が這い回るの。
私、19歳。
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楽師の休日
ヴァイオリンはそれほど好きではなかったので、
いつもピアノを練習していたのだが、
いくら弓で弾いてみても、
あの心を溶かすような甘い音色が聴こえてこない。
ねえっドビュッシー、ピアノはどうやって弾くの?
月の光はどうやって弾くの?
教えて、ピアノはどうすれば音楽になるの?
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お茶の時間
午後二時を回ると決まってその庭にはお茶が出された。
お茶畑にもお茶が出された。
お花はお茶がだーい好き。
死んだおじいちゃまがそう言ってたっけ。
お花がゆっくりとその渋いお茶を味わう時、
その時だけ世界は平和になるの。
おばあちゃまが言ってたけど、それはうそだと思う。
だって世界はいつだって平和そのものだもの。
なんてね。
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病気になったとみこちゃん
隣町に住むとみこちゃんはあんなに元気だったのに、
いつだって町中を駆け回っていたのに、
川を渡ってどこまでも泳いでいたのに、
手をつないでももうそこにはいなかったのに、
ふと空を見上げると、
両手を広げてふわふわと浮いていたのに、
とみこちゃんはある日突然病気になってそのまま焼かれてしまった。
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電話から両足
お孫さんと電話でお話をしていると、必ずのどが枯れてしまう。
それは何故かというと、
電話口から出てくる両足におどろいて大声をあげるからだ。
お孫さんは両足が出ていることに気づいておらず、
いつも不思議そうな声をしている。
電話口から出ている両足はぴくりともしないので、
おそらく生きてはいないのだろう。
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歌って絵里ちゃん
いまどきとっても珍しい田舎に住むトップアイドルの
「ゆるやか絵里ちゃん」は一枚もレコードを出したことがなかったので、
みんなはとっても待ち望んでいたのだが、
当の本人はまったく歌を出すつもりはなく、
いつも言い争いが絶えなかったのだが、
ある日、村長の提案によってすべての問題は解決されたのであった。
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医師のもくろみ
葉ずれの音が常に響いている診察室の中で医師はゆっくりと立ち上がった。
少し歩いては息を吐き、少し歩いては体をのばし、
も少し歩いては手をくねくねと動かしてみた。
そこには他に誰もいない。
薬品の息が葉ずれに共鳴し、雲がほほえむと、
小鳥たちが歌を歌い、太陽がすべてを焼き尽くす。
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まちのあかり
私には見えない。
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まあるいうんち
うさぎのうんち。
それとも、
むりやり出した私のうんち。
それとも、
勇気のある人が加工した誰かのうんち。
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制服のにおい
決して脱ぐ必要はありません。
そのまま、
そのまま、
そこにすわって、両手を重ねて、
声は出さないで、
ゆっくりほほえんで、
私はそれで満足です。
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森の中の林の中の木
昨日、木は林兄さんに手紙をだしたのだが、
たぶん返事はかえってこないと思っている。
何故なら林兄さんは森兄さんに手紙を出さなければならないからだ。
では、森兄さんは誰に手紙を出せばいいのだろう。
森兄さんは他の誰よりもかわいそうだ。
手紙を出す人がいない。
森兄さんの手紙は永遠に誰にも渡らない。
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失われた子供たち
月末の金曜日になると、世界中の子供たちが次々と消えていく。
大人たちが眠っている間に子供たちはどこかへ消えていく。
次の月始めに、世界中のあちこちに花が咲き始める。
大人たちは目覚めると、花のにおいに気づいて涙ぐむ。
世界中の大人たちがやっと気づき始めた。
また、月末に子供たちはどこかへ消えていく。
大人たちが眠ってる間に。
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山田さんの手
二丁目に住んでいる山田さん。
大工の山田さんが、今町内でにわかに話題になっている。
というのも、山田さんのごつごつした手から
不思議な泉が湧き出したというのだ。
山田さんの現場にはいつも人だかりができているのだが、
山田さんは照れ屋さんなので白い手袋でいつも隠している。
山田さんの白い手袋はいつもぬれていることで有名だ。
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本を読む少女
図書室でうとうとしていると、色白の少女が目の前に腰をおろした。
本を数冊持っているが、どれも知らない題名の本で、
それについては何の興味もなかったので、
またうとうとし始めた。
すると、裸になった白い少女がやわらかい胸をほほにすり寄せてきた。
少女はほのかにあたたかくて、涙が出てきた。
目の前には本が取り残されて、やっぱり泣いていた。
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10年目
10年目を迎えたもの。

とくに思いあたらない。
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