ひとつだけ
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ひとつだけ欲しいものがあるの

とサチコちゃんが言うので、何が欲しいのと僕が訊くと、

赤い風船

とサチコちゃんは答えた。
サチコちゃんは赤い風船があれば
それでどこへでも行けると思っていたらしい。
でもそれは無理だと僕は思った。
だって赤い風船たったひとつで、いくら小さいと言っても
女の子一人飛べるわけがない。
するとサチコちゃんは、

しゃぼん玉が欲しい

しゃぼん玉はたくさんの泡が出てくるので
それに乗って飛んで行けばよいと言うのだ。
それも無理だと思った。
泡に乗れるわけがない。僕がそう言うとサチコちゃんは、

泡の中に入ればいい

そう言うのだ。
泡の中に入れるがはたしてそれで飛んで行けるのだろうか。
僕がそう言うと、

やってみる

そう言うので僕はサチコちゃんにしゃぼん玉をあげた。
サチコちゃんはうれしそうにしゃぼん玉を、

ふっ

と吹いて大小さまざまな
きらきら光るしゃぼんの泡を作りあげていった。
僕はじっとそばで見つめていた。
青い空の中へ消えていくしゃぼんの泡。
サチコちゃんは意を決して
ひとつ大きなしゃぼんの泡の中へ入り込んだ。
サチコちゃんを包み込んだしゃぼんの泡は僕の見ている前で
どんどん空へ遠ざかっていく。
サチコちゃんは空を飛んでいる。
サチコちゃんは、サチコちゃんの笑顔は青空へ消えていく。
どこまでも見えなくなる。
ところで、はじけたらどうなるのだろう。
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