河童の遺書 |
受け取った封筒の中には、河童の両親からの手紙と、 河童本人からの手紙が丁寧に折り畳んで封入されていた。 早いもので、河童が亡くなってから二ヵ月が経つ。 共通の友人であるKから河童の死を聞かされたときは、正直驚いた。 といっても、河童が死んだことにではない。 その死に方にだ。 河童は、睡眠中に携帯電話の充電コードに首を絡まれ、 窒息死しているところを翌朝河童の妹に発見されたらしい。 さらには河童の腕にはタンクトップを着せられた枕が抱かれていたとも言う。 なんて不可解な死なんだ。 河童の両親からの手紙には、生前息子が世話になったことへの礼が 生真面目な筆致と文体でつづられていた。 河童の両親とは、2年ほど前に たまたま近所の喫茶店で合い席になったことがあるくらいで、 わたしは直接交流があったわけでも親しかったわけでもなかったが、 河童から度々家族の話を聞かされていたので、 それで持っていたイメージと手紙の内容とがおおよそ一致していた。 河童の両親は印刷所を営んでおり、ふたりとも昔かたぎの職人で、 その姿に河童は憧れを抱いていたと言う。 もちろん河童も印刷所を引き継ぐものと思われていたのだが、 ある時からスーパーの店長になると言い出し、 その旨の相談をわたしは嫌々ながらも度々受けていた。 結局河童はスーパーの店長にはならず、印刷所も継がず、 今流行のニートになりさがって、日がな一日、 まるで隠居したおじいちゃんのごとく縁側でひなたぼっこばかりしていた。 もしかしたらもうすでに死に急いでいたのかもしれない。 河童にとって皿の水が乾くのは致命的であるのにもかかわらず、 言うに事欠いてひなたぼっこするとはなんとも常識では理解しがたい。 河童の死は事故死として処理されたらしいが、 おそらくは自殺だったのではないだろうかとわたしは思っている。 河童の両親からの手紙と共に封入されていた河童本人からの手紙は、 河童らしいなんともたわいのないもので、 わたしはてっきり遺書かなにかだと思っていたのだが、 ニートになってからの日々の記録が延々つづられているだけで、 まったく面白くもなんともなく、ただただ退屈なものだったので、 最後まで読まずに丸めて放り捨てた。 もしかしたら手紙の最後には、 死の原因になるような重要なヒントでも書かれていたのかもしれないが、 残念ながらわたしはそこまで河童に関心がなかった。 |
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