ホテル何かしらの事件
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 こんな夢を見た。
 とあるホテルで事件が起き、ロビーを刑事たちがせわしなく動き回っている。
 客から話を聞く刑事、植え込みを探る刑事、天井から下がるシャンデリアに乗る刑事、テーブルの上のホットケーキの匂いを嗅ぐ刑事、警察犬に引っ張られる刑事、柱の陰であんぱんを食べる刑事に牛乳を差し入れる刑事、とりあえずテーブルをばんっと叩いてみる刑事を落ち着かせブラインドの外の景色を眺める刑事、十手を持って仁王立ちする刑事に捜査報告をするトレンチコートが長すぎる刑事、サングラスをかけて戦車に乗り込む刑事は角刈りが良く似合っている、ホテルのロビーはいろんな刑事でひしめき合っていた。
 刑事の中にはわたしの中学時代の同級生Nの姿もあった。彼が何を担当している刑事なのかはわからない。
 わたしはこのロビーが騒がしくなる少し前に、
「料理ができない」と包丁を捨てた、奥貫薫似の奥さんのことを思い出していた。彼女は無事だろうか、まさかこの事件に関わっているのではないだろうかと、部屋に行くが姿がない。
 あの時、西日から影が落ちようとしている部屋で、捨てた包丁を見つめ、気落ちする奥貫薫似の奥さんの体をさすって慰め、なだめたことが思い出される。だんだんと影の中に落ちていく黙ったままの彼女の横顔、疲れた眼差しは哀れだけど、美しかった。
 鍋にもフライパンにもオーブンにも長すぎるトレンチコートの中にも、奥貫薫似の奥さんの料理の痕跡は何ひとつ残されていなかった。
 相変わらず人でごった返すロビーに戻ると、喧噪の中でケータイの着信音が鳴っているのが聞こえる。そばにある黒塗りの一人掛けソファーで、置き忘れられたらしいケータイがぶるぶると震え、音を鳴らしていた。
 傍には誰もいない。わたしは恐る恐る手に取る。電話に出てみると、奥貫薫似の奥さんの声がする。放り捨てた包丁の柄を薬指でなでながら、肩を震わせていた彼女を思い出す。あの時の声だった。周りの雑音が大きいうえに、潜めるような彼女の声は聞き取りづらかったが、わたしは持ち主のふりをして慎重に会話を進めた。
 そして、ある場所で二十日に会うことになった。
 会話を録音した音声をダビングしようと、後輩がテープレコーダーを用意する。音量に気を使いつつダビング作業を進めながら、わたしはロビーの捜査員を集め会議を行ない、ことの成り行きを説明した。捜査員には動揺が走るも、それぞれ士気を高め合っている。わたしはそれぞれに捜査方針を伝える。各自メモを取っていたが、三人くらいはまったく聞いていなかった。
 それぞれ走り出す捜査員たち。
 わたしは小便がしたくなり、通りかかった五、六人の男性グループに頼んで、彼らの部屋でトイレを借りることにした。そのトイレは女風呂とつながっているらしく、用を足している間、ちょいちょいバスタオルを巻いた湯上がりたまご肌の女性が、恥ずかしそうに横切った。そのたびに、トイレにはかぐわしいしゃぼんの香りが広がった。
 かぐわしいしゃぼんの香りが広がるトイレを出て捜査に戻ろうとすると、女性の悲鳴が聞こえてきた。
 悲鳴は女風呂の方からで、突入すると、全裸になった先の男性グループが、湯上りたまご肌の女性たちを犯そうとしていた。湯上りたまご肌の女性たちはまだバスタオルを巻いていたが、露出している肌は、光をも弾きそうな艶のある、見事なたまご肌だった。同じく悲鳴を聞いて駆けつけた捜査員たちも、後にそれを認めている。わたしは捜査員たちの手を借り、全裸の男性グループを全員現行犯で逮捕した。
 その場にいた捜査員の誰ひとり手錠を持ち合わせていなかったため、しかたなく、わたしたちは素手で犯人を抱きかかえながら署まで連行することにした。全裸の犯人たちに短すぎるトレンチコートを着せ、ホテルを出る。
 署に向かう途中、合宿中でホテルの近くに居合わせた婦警たちに助けを求めたのだが、てめえでやれ、と相手にしてくれなかった。
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