姉の顛末
spacer
 こんな夢を見た。
 しばらくぶりに友人の家を訪ねると、そこには他に五人の同居人が住んでいた。
 三人の子どもたちとその母親と祖父。子どもたちはそれぞれ姉と少し歳の離れた弟がふたり。いずれもわたしや友人よりもずっと若い。姉のMちゃんでおそらく小学五年生くらいだろうか。後のふたりは未就学児くらいかもしれない。
 わたしがその同居人に会うのはこれが初めてで、そもそも同居していることを知らなかった。訪れて会ってみて、初めてそのことを知ったのだ。その同居人にしてみても、わたしのことは聞かされたことがなかったのではないか。五人の同居人が友人とどういう関係なのかはまだ聞かされていない。気にならないこともないがあえて問いただすこともしない。
 元々この友人は人付き合いの良いほうではなく、おそらく訪れる客も少ない。そのせいか、わたしを見た子どもたちは珍しい来客にえらく興奮しておりそわそわと落ち着かない様子だった。
 特に姉のMちゃんは家の中をはしゃいで回る始末で、わたしと友人が再会の喜びに浸ることもままならず、母親もそのやんちゃぶりにほとほと手を焼いているようだった。友人は、この家族と同居を始めてしばらく経つが姉のMちゃんのこんな姿を見るのは初めてだ、と驚いている。
 母親は何度か落ち着かせようと叱ってみたり、なだめすかしてみたり手を尽くしているが、姉のMちゃんは言うことを聞く気配がないどころか、ますます騒ぎは大きくなるばかりだった。最初のうち一緒にはしゃいでいた弟ふたりは、疲れたのか飽きたのか、距離を置き始め手を焼く母親と姉との闘いを他人ごとのように楽しんでいる。
 なかば追いつめられた母親は、そこで一計を案じる。
 姉のMちゃんがトイレへ行った隙に、弟ふたりを祖父の部屋に連れていくと、敷いてある布団の中に忍ばせた。母親は弟ふたりに、息を潜めて待っているように言い聞かせる。弟ふたりは母親に従順なのか新しい遊びを与えられた喜びなのか素直に従っている。
 姉のMちゃんがトイレから出てくると、母親は
「おじいちゃんが死んじゃったよ!」と血相を変えて叫びだした。そうして姉のMちゃんの腕を力強く掴むと問答無用と言うように祖父の部屋へと引っ張って行った。
 祖父の布団の傍らに連れてこられた姉のMちゃんは、あまりに急な事態に動揺しているようで、しばらくは理解もできず立ったまま硬直していたが、こんもり盛りあがった祖父の布団を見て、やがて呑みこむと、気の毒なくらいしおらしくなってへたりこんでしまった。それでもまだ感情の波は静まったままでぼんやりしている。友人によると姉のMちゃんは三人の中でも特におじいちゃん子で、とても仲が良く可愛がられていたらしい。
 すっかりおとなしくなった姉のMちゃんを見た母親は、満足しながらもさすがに気まずいようで、近寄り声をかけようとする。その時だった。姉のMちゃんが
「おじいちゃん起きてよ!」と叫びながらこんもり盛りあがった祖父の布団を思い切り揺すりだしたのだ。
 わたしと友人と母親も驚いたが、いちばん驚いたのは布団の中で息を潜めていた弟ふたりだったろう。息を潜めるという指示以外は何も聞かされていなかったうえに、何も見えない密閉空間で急に外部から大声と共に揺さぶられるその恐怖はいかばかりか。もはや母親の言いつけを守るどころではなくなってしまった。
 こんもり盛りあがった祖父の布団がぐにゃぐにゃと動き出す。
 次に驚いたのは姉のMちゃんだった。まさか本当に起きるとは思わず、おまけに布団の中のこんもり盛り上がった塊がふたつになり、もぞもぞと動き出したのだ。おまけに中からは甲高い悲鳴まで聞こえてくる。
 またもや急な事態に動揺し、理解できずに呆然としている姉のMちゃんの前に、ふたつの塊が飛び出してくる。
「ぎゃっ!」というみっつの声がぶつかる。へたりこんでお互いの顔を凝視する姉と弟ふたり。それぞれに何が起こっているのかわからずにいる。それは無理もない。
 母親が三人に事情を説明する。
 姉のMちゃんはほっとしたのだろう感情が溢れて泣き出し、弟ふたりはけたけたと無邪気に笑っている。傍では疲れきった様子の母親が三人の子どもたちをそれでも優しく見つめている。祖父は始めからどこにいるのかわからない。
 取り残された形の友人とわたしは、この愉快な同居人たちのいないところで改めて再会をやり直すべく、場所を変えようと、家を出た。
spacer
index
spacer
(C)office cQ all rights reserved.