ユニットを組んで歌を発表することになったのだが、打ち合わせをしているメンバーをよそにわたしは余裕をかましている。メンバーが振り付けの確認をしている間、わたしはひとりで静岡茶と八女茶の飲み比べを始め、知覧茶と狭山茶が控室にないことを嘆いている。メンバーが演出について説明を受けている間、わたしはひとりで紙粘土の性質についてあれこれ思いをめぐらせている。お茶も紙粘土もこれからのパフォーマンスに何の関係もない。
やがてメンバーやスタッフの視線が気になり控室に居づらくなったわたしは、ロビーをぶらついてみることにした。休憩スペースで太田光が勉強している。太田が使っているテキストはドラゴンボールが起用されており、キャラの表情に合わせて四字熟語が学べるような仕組みになっているのだが、いずれも区別がつきにくく、むしろよりわかりにくくなっている。そんなテキストとにらめっこをする太田光を気の毒に思う。相手にするとすこぶる面倒くさいので声はかけない。
控室に戻ると、打ち合わせを終えたメンバーが緊張した様子で、ひとりは歌詞が書かれたノートを見て口ずさみひとりは口ずさみながら体を動かしている。わたしはどこ吹く風で、差し入れでいただいたたい焼きを数匹並べてそのうちどのたい焼きにあんこが入っているかを当てるゲームをひとりで始める。もしやはみ出ていないかと横から見たり下から見たり、厚さに違いがあるのではないかと横から見たり下から見たりしてみるもなかなか判別が難しい。最近のたい焼きには変わり種も多いので、安定志向のわたしにとってはこれが実は重要なことだったりする。その横ではもはやそんなわたしの存在を忘れたかのように他のメンバーとスタッフだけでパフォーマンスの最終確認が進んでいる。誰も声をかけてこようとはしない。わたしもずっとひとりでやっているので邪魔をしたり迷惑をかけたりしているという意識がない。わたしがいなくてもことは淡々と進んでいるように見えた。
そうやって真面目に過ごすメンバーを尻目に涼しい顔をしていたわたしだったが、本番直前になってスタッフが慌ただしく動き出すのにつられて次第にパニックになっていく。今になって本番で小道具として使う予定のオブジェがどうなっているのか気になって仕方ない。しまっておいたはずの場所を確認してみると、オブジェはなくなっている。わたしはより動揺する。戸棚を開けても座布団をめくってもちゃぶ台をひっくり返してみてもオブジェは出てこない。のけぞったわたしに踏みつぶされたたい焼きからはカスタードクリームが溢れる。今さらメンバーやスタッフに確認することもできず、思考回路はショート寸前。さらには尿意を催しトイレを探し始めるのだが、それすらも見つからず、すでに本番が迫っており見つかったところでもう時間がない。
他のメンバーが本番のために教室に向かう。わたしもいろいろ諦めて教室に飛び込み、ぎこちないながらもできるかぎりの笑顔でおどけて見せるのだが、それを見ている客はこれっぽっちも笑っていない。そこでひとつ隣の教室と間違えてしまったことに気づく。およびでないとはまさにこのことだと思った。普通に授業を受けていた生徒たちとの温度差があるとはいえ、ここまで反応がないことにますます焦る。
急いで隣の教室に駆け込み、何とか歌いだしには間に合うのだが、すっかり頭の中が真っ白になってしまい歌詞が出てこない。頭に浮かぶのはたい焼きの腹から溢れるカスタードクリームだけ。私の中からも何か漏れ出てきそう。
目の前のスクリーンに映し出される歌詞を確認しながら必死にメンバーの歌に合わせようと思うのだが、いよいよ誤魔化しきれなくなり、最後のほうはハミングになりそれすらも合わない。それでもなんとかわたしなりに他で補おうと、インド調の曲に合わせてアドリブでできるかぎりコミカルに踊ってみるのだが、それでカバーしきれるはずもなく、そもそもコミカルな歌でもなければきちんと振りが決まっている歌なので、やればやるほど場違いでしかなく痛々しい。メンバーもスタッフも客もそしてわたし自身も、これはもはやいないほうがマシではないかと思えるほどのていたらく。結局最後までひとつもこなすことができないまま本番は終わってしまった。
まばらな拍手は偏にわたしの責任だろう。パフォーマンスを終えたメンバーもスタッフも何も言わない。誰もが努めて無表情を装っているのだが、その後ろ姿からはわたしに対しての失望感と怒りが伝わり、わたしは自分に対しての恥ずかしさとメンバーやスタッフに対する罪悪感で打ちのめされる。どう考えても悪いのはわたしなので、これは素直に謝らなければならない。今では控室でたい焼きを見るのさえ辛い。
教室から出る際にふと振り向いたら、わたしたちがいた場所のすぐ後ろの棚になくなったと思われていた小道具のオブジェがちゃんと飾られていたのが見えて、そこでまたより悲しくなった。