帰途
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 こんな夢を見た。
 わたしたちはわたしの父が運転する車でどこからか帰ろうとしている。
 後部座席にはわたしとその隣には恋人になったばかりの女性がいて、話を聞いてみると、どうやら歳はわたしと同じらしい。いつからその女性が恋人になったのか、いつからそこにいるのかはわからない。
 夜の街中を走っている。
 路肩に車を止めると、わたしたちの車が止まっているその反対車線側に、動物数頭が乱雑に荷台に積まれたトラックが止まっていた。動物たちの積まれた荷台には檻はおろか幌も屋根もなく、動物たちはその姿が剥き出しになっている。その道路には街灯がなく、動物たちの姿は道沿いの商店から漏れる灯りの中でわずかに浮き上がる。
 その中でもひときわ目立つライオンが、他の動物の体にロープをかけ、それを手綱に見立てて前脚で握り、後脚で垂直方向に立ちあがり、まるで馬車を操る英国紳士のようにロープを捌き始める。それに応えるかのようにトラックも走り出すのだが、ライオンはその反動に体を揺さぶられ、二本の後脚で必死に堪えるものの頼りなく、ついには堪えきれなくなりトラックから投げ出されてしまった。トラックはライオンが落下したことに気づかず、そのまま走り去ってしまう。
 その一部始終を見ていたわたしたちは、その惨事に動揺しながらもどこかに連絡しなくてはと携帯電話を探すのだが、なかなか見つからない。そのうちトラックが止まっていた近くの商店の人やら通行人やらがその場に集まり出す。ライオンが生きているかどうかはこちらの車からはわからない。鮮やかなはずのライオンも夜の影の中に落ちてはただの大きな塊にしか見えない。
 この一連の出来事に興奮した父が、そのライオンを調べるためなのか、図鑑を渡せと騒ぎだした。すっかりこの出来事に夢中になってしまったためもはや運転ができる状態ではない。仕方なくわたしが代わりに運転席に座ることになった。
 せっかくだからと、他に乗っている連中も送ることにしたのだが、走っているうちに道を間違えたらしい。もう一度街に戻るために橋を渡り始める。そのうち天候が悪くなり、空は夜のそれよりもどんより重くまるで押し潰されそうな灰色に覆われ始め、やがて叩きつけるように雨が降り出した。
 その不穏な景色の中に、アーチ型ではなく天に向かってまっすぐ伸びる鮮やかすぎる虹が見えてくる。近づいていくと、それはまるで水飴のような生々しさで、車の中にいても触れればその感触が伝わるように思える。やがて車はその虹の中に入って行くのだが、その色があまりに濃すぎるために道の輪郭がよく見えない。
 慎重に運転してやっとのことで虹を越えると、大雨の影響で川が氾濫したのか、車は濁流の中を走っている。車を運転しているというよりも船で川を渡っているようで、まるでディズニーランドのアトラクションみたい、とわたしの恋人になったばかりの彼女が笑い、わたしもまさにそうだと思う。
 苦労してやっと橋を渡ってみると、またも思っていたところとは違う街に出てきてしまった。街は夜に戻り、目の前には新宿駅が見える。ここからならいちばん近いし、あとは降りても帰れるだろうと、自称ジャーナリストのU氏を車から降ろす。自称ジャーナリストのU氏はニット帽を被りさらには顔が隠れるほどの大きめのサングラスをかけており、いかがわしさをとことん煮詰めたような風貌で、セカンドバッグを小脇に抱えて新宿の夜に消えていくのだが、わたしにはその姿が不審人物にしか見えない。恋人になったばかりの彼女にそのことを話すと、それは風貌のせいではなく日頃の態度を見てそう思っているに過ぎないと言われる。確かにそのとおりだと思う。
 それからまたわたしたちの車は走り出すのだが、何分土地勘がないため、なんとなくで角をいくつか曲がる。と、そこにヘルメットも被らず制服姿のままで単車を乗りこなす女子高生が颯爽と現れる。すれ違うその瞬間に軽く目が合ったような気がしたのだが、その目からは強い意志と揺るがない誇りを感じて、わたしは気後れする。特別意識しているわけではないつもりなのだが、わたしが運転する車は彼女を追いかけるように進んで行く。やがて彼女に影響されたのか、わたしが運転しているものがいつの間にかバイクになっており、おそらくそれは五十CCであることに加えて後ろに人を乗せているせいもあって、みるみるスピードは鈍くなる。単車の彼女との差も広がって行き、やがてその姿は見えなくなった。
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