炬燵での出来事
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 こんな夢を見た。
 わたしがひとりで炬燵にあたりながらテレビを見ていると、向かって右の席に、何やら気配を感じた。そこには人はいないはずで、もちろん猫などでもない。
 ああこれは、もしかして幽霊かな、と思う。
 わたしはいわゆる霊感というものはないのでよくは分からないのだが、この感じる気配を幽霊としたほうが自分でより納得できると思い、そうすることにした。正直、幽霊は怖いし、嫌だ。しかしその気配を分からないものにしておくよりはずっと恐怖も薄らぐ気がしたのだ。
 離れた位置にあるテレビを見ていると、視界が広がる分その席も見えてしまい気配を感じることになるので、なるべく意識をしたくなかったわたしは、読書に切り替えることにした。それならば幾分視界も狭まるし、テレビを見ているよりもずっと集中できると思ったのだ。
 読書を始めるとわたしはやっぱり夢中になり、幽霊のことなぞすっかり忘れてしまった。すると、向こうもそれに気づいたのだろう、何か幽霊としての意地でもあるのか、自分を意識してもらいたいらしく、コンコンとテーブルを叩く音をさせた。いじらしいものである。
 それで久しぶりに幽霊のことを思い出したわたしがそちらを見ると、さきほどはただなんとなく気配を感じるだけだったのが、うっすらと透明な、というよりもどんよりとした水の塊のようなものが、人がいるような大きさで、でも上手くなりきれずにそこにいるのだった。
 わたしもさすがに驚きはしたが、そのあまりの不恰好さに、怖いというよりも正直気持ち悪いと思った。
 あまり意識すると向こうの思うつぼだと思ったわたしはすぐに読書に戻り、しばらくするとやっぱり幽霊のことなぞすっかり忘れてしまった。すると、向こうもまたそれに気づいたのだろう、幽霊として大事にしていた誇りが傷つけられたとでも言うような、はぁ〜っというため息まじりの声が聞こえてきた。わずらわしいものである。
 それで久しぶりに幽霊の方を見ると、さきほどよりもより人の輪郭に近づいた、どんよりとした水の塊のようなものが、一丁前に猫背になってため息をついているのだ。
 たまりかねたわたしが、
「何しに来たの?」と訊ねると、
「いや、別に」と幽霊は答える。
 それなら相手にする必要もないと読書に戻ろうとした。すると、すぐさま幽霊が今度ははっきり声にして「はぁ〜あ」と言った。わたしの気を引こうとしているのは明らかであった。
 当初あった恐怖もどこへやら、もはや腹立たしさしかなかったわたしは、いい加減にしてくれと言わんばかりに、
「何しに来たの?」ともう一度訊ねた。
 するとやっぱり幽霊はこちらも見ずに、
「いや、別に」と答える。
「だったら出てけよっ」とわたしが怒鳴るのが想定外だったのか、失望したのか、誇りを傷つけられたか、はたまた心が傷つけられたか、
「えぇ〜……」と声を漏らし、顔面に全神経を集中させたらしく、それまでで一等輪郭のはっきりした情けない表情を見せて、わたしにその悲しさと絶望感をアピールするのだが、すっかり興味を失っているわたしは、相手にするのも馬鹿馬鹿しいと、また読書にもどった。
 それからしばらくはそこにいたらしいのだが、わたしが読書に飽きて本を閉じた頃には、もう水の塊はおろか気配すら感じなくなっていた。幽霊がいた座布団がもしかして湿っているのではないかと触ってみたが、わたしの思いすごしだった。
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