ハンプティパンプティ
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 こんな夢を見た。
 店に出勤したら、開店前のはずなのにすでに客がいて、よく見ると以前別の職場で同僚だったH君だった。
 彼は出勤前によくここで朝飯を食わせてもらっているのだという。
 マスターに今日はずいぶん早いな、と言われて店の掛け時計を見ると九時四十分くらいだった。確かに定時より二十分早い。わたしは以前の職場で遅刻魔として名を馳せていたH君を引き合いに出して、何があるか分からないので用心して早めに来ていると答える。
 すると何も食ってないだろ、とマスターがわたしに納豆ご飯を出してくれた。わたしはすでに朝食は済ませていたのだが、彼の厚意を無駄にもすることもできず、山盛りの納豆ご飯を表面上はありがたく頂くことにした。
 しばらくするとマスターがおもむろにパンツを脱ぎ出し、その脱いだパンツをそっとH君が受け取った。そして、何をしているんだこいつら、と思う間もなく今度はH君が脱ぎ出しついには全裸になった。
 開店前の店内でまだ照明もついておらず暗がりではあったが、それでも十分丸見えである。
 なかなかいい体だとマスターの顔がほころぶ。暗がりの中でもそこだけははっきりと見えるというように、マスターはH君の体を頭のてっぺんからつま先まで、正面から背面、穴という穴、ほくろからしみに至るまでをじっくりと確認する。H君は仁王立ちしたまま何も言わないし少しも動くことがない。恥じらう様子も見られない。かといって恍惚に浸るわけでもない。わたしにはその感情を読み取ることができなかった。
 あらかた鑑賞を済ませたマスターは手招きをし、カウンターの中にH君を呼び込むと、そのまま後ろから犯し始めた。
 事前通告もなく、またわたしの了解も得ないままふたりのセックスが目の前で始まった。その衝撃と不快さで吐きそうになった。わたしには見えてもふたりにはわたしが見えないのか。羞恥心も後ろめたさもない。あまりに手際よく当然のように行為に及んでいる。
 H君がここで朝食を施されているのはこのためなのか。もしかしてわたしもこの納豆ご飯を食べ終わると同じように犯されることになるのだろうか。
 わたしは目を伏せ飯を平らげることに集中した。耳を塞ぐことはできなかったが、幸いなことにふたりとも声を出すことがなく静かに淡々とことが進んでいた。なるべく関わり合いにならないように用心しながら食器を厨房に戻し、ふたりに声をかけることもなく従業員控え室へ逃げ込んだ。
 わたしがまだ状況をうまく飲み込めないまま控え室でひとり動揺していると、暫くしてことが終わったH君がマスターに連れてこられて、まるで荷物をしまうかのようにそのまま押し込まれた。
 少し前まで冗談を言っていたはずのH君の目を見ることができない。少しの無言の後でH君が、以前尋ねられたあの言葉の意味ですけど、と口を開いた。
 存在するようで存在しないもののことらしいです。と「ハンプティパンプティ」の意味を教えてくれたのだが、わたしが今知りたいのはそっちじゃねえよ、とつっこむ気力は、残念ながらもはやなかった。
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